syouinsakamoto’s diary

世の中に対して自分が感じた事、変だと思った事をメモ程度に書いていきます。

仕事のことなんかより毎日やりたいこと考えようぜ!

今日は面白いことがあった

 

今日は仕事が早く終わったので、家に帰り、早速昨日ブログで書いた

 

「自分のやりたいことを知って、それをやる」

 

の自分のやりたいことを考えよう!と思い、早速考えてみた

 

しかし、最初に浮かんだのはたったの二つ。

 

あれ、俺ってこんなにやりたいことなかったのかと失望した、、、

 

そこから頭を捻らせ、考えること10分、、、

 

ポンポンポンと少しずつやりたいことが浮かんできた

 

それを続けることさらに10分、、、

 

さらにポンポンポンと浮かんでくる

 

なんだこれは、、、

 

最初は二つしかなかったのに、少し考えるだけでその10倍は出てきた

 

これはいつも自分のブログでも言っているのだが、赤いもの現象だと思う

 

「今から周りのものを5秒みて何があるか覚えてください」

 

と言われるのと

 

「今から周りのものを5秒みて、赤いものを覚えてください」

 

と言われるのでは、見えるものが全く違う

 

いかに俺はやりたいことを考えていなかったのか、、、

 

思えば、来る日も来る日も終電まで働いて、休みの日はリフレッシュしか頭にない

 

そんな生活をずっと送っていた

 

そりゃあ、やりたいことも考えられないわけだ

 

日本人がやりたいことなんですか?って言われた時にすぐに答えられない人が多いのって、これが原因だと思う

 

みんな忙しすぎて、そしてやりたいことを考えていないだけ

 

見ようと思えば見える

 

だからこそ、俺はこれから毎日夜自分がやりたいことを30分くらい考えることにする

 

終電まで仕事なんてしてる場合じゃない

 

とりあえず、フィジー行きたい、ウィッパサナー瞑想したい、なぜをひたすら繰り返す日びを送ってみたい、農業やってみたい、狩猟やってみたい、友達と心から笑える時間を過ごしたい、HEROとたくさん飲みたい、好きな女の子とデートしたい、宇宙行ってみたい、などなど

 

やりたいことどんどんやっていこう

 

不幸になるために生まれてきたんじゃない

 

幸せになるために生まれてきたんだから

自分を愛するということ

今、この世界にはお前なんてダメだ

お前なんていなくなっても何も変わらないというメッセージが非常に多いように思う

 

そのようなメッセージがあると、自分のことを好きでなくなっていく

 

自分は無価値な人間だ

自分なんていなくても

 

そのような思いが自分の中で大きくなっていく

 

声を大きくして言いたい

 

そんなことはない

 

それは社会、またはある一部の人間が言っているだけであって

それは真実ではない

 

自分のことを愛するということ

 

仕事が出来なくたっていいし、友達がいなくたっていいし、恋人がいなくたっていいし、お金が無くたって別にいい

 

どんな自分でも自分を抱きしめてあげよう

 

この世界は宇宙も含めて愛からできていると思っている

 

うまく言えないけど、無価値な人間、ダメな人間が生まれることはないと思う

 

子供を見てほしい

 

生まれたばかりの子供が周りから何も言われずに自分のことなんかダメだと思うことはなく、彼らは輝いた目で毎日をとても楽しそうに生きている

 

誰もが素晴らしい存在

 

なぜじぶんのことをダメだと思うようになってしまうのか

 

それは大きくなるにつれてこの社会に求められることを出来る人は、すごい人、

求められることが出来ない人はダメな人

 

このような基準で人を判断されるからである

 

別に自分がダメなわけではない

 

単純に社会がそれを勝手に求めてきて、それが出来ないと勝手にダメという烙印が押されてしまっているだけである

 

それは勝手に社会が決めているだけであって、真実は自分がダメということではない

 

真実は自分という存在は美しく、素晴らしいということ

 

だから、そんな社会の言葉に耳を貸すことはない

 

何を言われても、どんなひどいことがあっても、どんな自分でも自分を愛すること

 

それが何よりも大事な気がする

 

そうすれば自分という存在の素晴らしさを忘れずに歩いて行ける

 

みんなが自分を愛し、他人を非難しない世界

そんな世界がいつか来るといいなと思っている

毎日の生活になぜを問いかけよう

最近は毎日の生活になぜを問いかけるようにしている

 

なぜ今自分はこの仕事をしているのだろう?

なぜ自分はこの瞬間が大好きなのだろう?

 

一つのなぜに何回も何回もなぜを繰り返していく

 

そうすると、これ以上もう掘れないというところにたどり着く

 

なんだそんなことかと思うかもしれないが、これを侮ってはいけない

 

自分が知らなかった自分の気持ちに気つくことが本当に多い

 

意外と自分のことを知るというのは難しい

 

自分が何が好きで、何が嫌いで、何がしたくて、何がしたくないのか

意外と、すぐに答えることが出来ない人が多いと思う

 

毎日の生活はすごく忙しく、そんなことを考えている暇もない

 

それがすごくおかしい

自分という人間を知ることより、仕事の方が大切なわけはない

 

まずは自分という人間がどんな人間か知ること

 

そして、知れたら今度は自分の好きなこと、したいことをしたいためにはどうすればいいかと考え、行動していくこと

 

自分の場合は「今生きてるなあ、生まれてきてよかったなあ」という体験をこの人生でいっぱいしたい

 

だからそのためにはどうすればいいかを考え、行動していかなければならない

 

まずは自分を知ること

 

そのためには日常の出来事になぜを何回も繰り返して、掘っていくことが大事

 

自分が美しいと思える人生を送ろう

愛に満ち溢れた人生を送りたい

最近、自分に問いかけていることがある

 

それは、

「お前はどんな人生を送りたい?」

 

考えた結果、、

 

自分は愛に満ち溢れた人生を送りたい

 

イコール愛をいっぱい感じる人生を送りたい

 

家族、恋人、友達、自然、宇宙

なんか、上のものから愛を感じて今生きてんなあっていう感覚をめっちゃ何回も何回も味わいたい

 

そして死ぬ時に、その瞬間を一杯思い出して

「はは、俺の人生暖かかったなあ」

と思いながら死にたい

 

そう考えると、やっぱり今の仕事は違うのかなと思ってしまう

今は毎日パソコンの前に座り、一日中パソコンとにらめっこをしている

 

なんか、心が暖かくなる瞬間を生み出す仕事がしたいなあ

人がその仕事で心が暖かくなって、それを見て自分も暖かくなる

 

そんな仕事をしたい

 

やっぱり日本の多くの人たちが苦しくなってしまってる原因って仕事な気がする

どうしても無理やりとか強制という形になってしまい、仕事に愛を感じれる瞬間は少ない人が自分も含めて多のではないか

 

もし多くの人が仕事が強制ではなく、自由で、その仕事から愛を感じられたら多分世界はガラリと変わる気がする

 

そういう世界に向けて自分ができることをしていきたいと思う

 

生きるってことは幸せを一杯感じることで、間違っても不幸を一杯感じるためではない

 

そのことをもう一度自分によく言い聞かす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が思い描く世界 こんな世界になればいいなと

久しぶりのブログ

 

最近、少しずつ自分の夢というか、こんな世界になったらいいなあと思うことがある

 

1,お金が無くなる社会

お金が無くなって、人はどうやって欲しいものを入れるのか

→ただでなんでももらうことができる

その世界は、皆自分の好きなことをやっている

パンが好きな人は毎日パンを作って、歌が好きな人は毎日歌を歌っていて、車が好きな人は毎日車を作っている

 

だから欲しいものがあったらその人たちのもとに行ってもらう

お店の人も人が来たらその人に渡す

何もしたくない人は何もしなくてもいい

 

もちろん自分が生きている間でこんな世界になるとは思わないが、この世界がそんな世界になったら自分はすごく居心地がいいなあと思う

 

2,物は皆共同で使う

その世界ではものは皆共同で使う

車とかも、一人のものではなく誰でも使える共有のもの

だから、物はそんなに多くなくていいことになる

なぜなら一つのものをみんなで分けて使えばいいのだから

 

そうやって一つのものをみんなで使えれば、欲しいものをわざわざ買う必要もなくなる

モノも一人で使おうと思えば使わない時間が多いが、みんなで使えばずっと使うことが出来る

 

3,愛を大切にする

 

今の世界では、愛を大切にするより、儲けられる人が尊敬され、大切にされている傾向があると思う

その世界ではお金というものがないので、儲ける必要がない

愛を大切にすることがその世界では一番大切にされている

 

だから、その世界では知らない人でもすぐに話して仲良くなれるし、会ったらまずお互いハグをすることから始まり、別れる時もハグをする

その世界ではいっぱい愛を感じることが出来る

 

少ないけど、最近はこんな世界になれば生きるのがもっと楽しくなるなあと思う

 

ただこの地球にこれと似た世界がすでに存在している

それがフィジーという国である

 

お金というものは存在するが、フィジー人は皆で共有して物を使い、愛を大切にしている人たちである

 

だからこそフィジーに行ってみたい

 

そして、その世界を日本でも作ることが出来たら自分はいいなあと思っている

 

そんな世界は素敵だ

 

生きていく上で大事にするもの

久しぶりのブログ

 

この人生を生きていく上で、大事にしなければいけないものをもう一度整理する

 

・愛

・好きなことをすること

・自分らしくあること

 

この3つを徹底的に大事にすれば生きててよかったなあと感じる瞬間をいっぱい味わえると思う

 

これを大事にしていく中で、常にやらなければいけないことがある

 

それは自分と向き合うこと

 

自分が今何を考えていていて、何が好きで、何が嫌いで、何をやりたいか常に自分と対話することが必要

 

なぜなら、自分という人間を把握することは想像以上に難しいことだから

 

だからこそ、常に確かめる必要がある

 

今の自分の仕事の生活では、上の3つを大切にできない

 

だから、近いうちに仕事はやめるだろう

 

人生の優先順位を変えなければいけない

 

お金・仕事から愛・好きなこと・自由に人生の優先度を変えよう

 

大事なことは死なないことではない

 

生きることだ

 

生きてて良かったなあという体験をいっぱいして、そして人生の最後を迎えよう

幸福とはなにかようやくわかった

ずっと幸せになりたいと思っていた

 

そして、ずっと幸せとは何かを24年間考えながら生きてきた

 

しかし、その問いの答えをハーバード大学がすでに持っていた

 

「幸福とは何か」

 

幸福とは愛です、それ以外の何者でもありません

 

幸福とはこの一言であった

 

でも、自分がいつ幸せだったのかを思うと、ものすごく納得がいく

 

それは人と心が繋がっているなあと感じる瞬間だった

 

その時にものすごく幸せを自分は感じていた

 

では幸せな人生を送るにはどうすればいいのか

 

それは幸せな瞬間の積み重ね

それは今の積み重ね

 

今が幸せだから、幸せはどんどん積み重ねられる

 

だから、毎日「愛」をいーーっぱい感じられる人生にすればいい

 

自分は勘違いをしていた

 

仕事に没頭すれば毎日楽しくなると

好きなものだから没頭できると

 

でも、それは幸せではなかった

 

結局、まず「愛」という土台がなければ、それは全く機能しなかった

 

だから、俺はこれから「愛」をまず何よりも大事にしたい

 

愛を学ぶには、世界で一番愛に溢れてる人たちから学べばいい

 

それはフィジー人である

 

まずは彼らのことを知りたい

 

そして「愛」をいっぱい知りたい

 

そこで愛をいっぱい知ったら日本に戻ってきたい

 

フィジーでもプログラミングは続けて、帰ってきたら窪さんとビジネスをする

 

まー、正直向こう行ってから帰ってきてからのことは今考えてもわからん

 

だって、向こうで何を感じるかわからないんだから

 

ただ、間違いなく近いうちに仕事を辞めてフィジーに行くことは確実だ

 

来年の1-5月あたりが目処だね

 

今自分の周りにいる人をいっぱいいっぱい愛そう

 

全てはそこから始まる