syouinsakamoto’s diary

世の中に対して自分が感じた事、変だと思った事をメモ程度に書いていきます。

大きな夢を見つけられなくても小さなやりたいことはいっぱいある

高校の頃から何かに命を燃やしたかった

 

なんか、自分に天職があって、それをやるために生まれてきたというようなものをずっと探していた

 

でも、よく考えたらこの世界の8割の人はやりたいことを仕事にできている人なんていないし、自分の夢、使命がわからない人も多いと思う

 

だから、焦らなくてもいいということ

 

もちろん、見つけられたら最高だし、見つける努力もする

 

最近思ったのは、夢みたいな大きなことは無くても、小さいやりたいことならいっぱいある

 

例えば、フィジーに行きたい、狩りの免許を取りたい、バイクに乗りたい、ウィッパサナー瞑想をしたいなど、小さいやりたいことならいっぱいある

 

だから、別に大きな夢が無くても、小さなやりたいことをやっていくのもすごく大事だと思う

 

むしろ、小さなやりたいことをいっぱいやるからこそ、大きな夢に繋がっていくんじゃないかなとも思う

 

大きな夢も、小さなやりたいことも、「やりたい」という気持ちの所では同じ

 

自分が欲しいのは自由とお金と生きてて良かったという実感

 

これが揃えばいろんな小さなやりたいことができる

 

そこに友達と家族と恋人がいれば、自分の人生はものすごく幸せだ

 

だからこそ、そのための階段を登っていかなければいけない

 

まず、労働者では自由とお金(ある程度の額のお金)は手にできない

 

だからまずは労働者を辞める

 

一つ一つステップアップしていこう

 

名誉はいらない

 

自分が欲しいものはまずそれを自分が出してからもらうことができる

会社は小学校の延長

題名通り小学校とはサラリーマン養成所であるという話

 

どういうことかというと、

まず日本は資本主義である

 

資本主義とは、資本家がいて、その下に大量の労働者がいる

 

お金持ちは、労働者にたくさん働いてもらうからお金持ちになれる

労働者がいないとお金持ちになれない

 

そうすると、この資本主義の日本にはまず大量の労働者が必要だ

 

みんなが起業家になったら、労働者がいなくなるのでこの国は

あっという間に破滅する

 

ということで、労働者を大量に作ろう!

けど、どうやって作る?

 

→子供のうちから労働者になることを当たり前にすればいい

 

どうやって当たり前にする?

→行動を強制させればいい

 

何時までに学校に来て、みんなで授業を受けて、みんなで

ご飯食べて、何時に帰る

 

廊下は走っちゃいけない、授業中は話しちゃいけない、

お昼ご飯は時間内に食べなければいけない、宿題をやらなければいけない

 

このようにすることで、まず強制させることに抵抗を無くさせる

 

強制されるのが当たり前の状態にする

そうすると、大人になってサラリーマンになっても小学校から

ずっと強制されてきたので、何も疑問に思わない

 

これ小学校から自由に強制無く生きてきた人がいたら、多分サラリーマンになれないと思う

なれたとしても多分ストレスですぐ辞めるだろう

 

わかりやすいたとえ話がある

 

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上の画像は鶏の養鶏所である

 

生まれてから自由に育ってきた鶏を上のようなゲージに入れると、

ストレスで卵を産まず、そのまま死ぬらしい

 

しかし、ひよこの頃からゲージに入れるとどうなるか。

死なずにちゃんと卵を産むのだ

 

これは鶏もひよこの頃からゲージに入れられると、そのゲージの中にいるのが

当たり前になるので、そこに違和感を感じないのだろう

 

この鶏は自由を知らない

このゲージが当たり前だから、違和感も持たない

そして、ひたすら卵を産んだら死ぬ

 

これを人間社会に置き換えてみよう

 

小学校の頃から行動を強制させる

金持ちになる方法なんてもちろん教えない

 

強制されることが当たり前にする

そしたら今度はその強制されることに美徳を生み出す

 

無遅刻無欠勤はすごいね、宿題やってくるの偉いね、

先生の言うこと聞くの偉いね、テストで点数取れるのすごいね、

 

要するに強制されることができる人を皆で誉めるのだ

 

そうすると、強制されることができる人はどんどん褒められ、強制されることに抵抗を覚える人は怒られる

 

さて、このシステムはどんな人間を多く生み出すだろうか

 

答えは簡単で、強制されることに抵抗を全く覚えない大量の人間の出来上がり

 

これで、労働者がどんどん増えて、金持ちはどんどん金持ちになる

 

なので、会社は小学校の延長

 

だから、もし金持ちになりたかったら非常にシンプルである

 

労働者をやめればいい

 

自分が労働者を使う側になれば金持ちになれる

 

ただ、これも面白いところで、日本では起業しようと考えると、ものすごい恐怖が

押し寄せてくる

 

どうせ失敗する、失敗して惨めになる、お金がなくなるなどプラスの要素よりマイナスの要素がほとんどの人の頭の中に浮かぶだろう

 

なんかこれもそういう風に教え込まれてるんじゃないかなーって思ったりする

 

そこで、楽しいよとか挑戦することが大事とか、お金持ちになれるよとかプラスなイメージばかり皆の頭に浮かんだら、あっという間に起業家だらけになってしまう

 

それを防ぐために、そういうマイナスのイメージを刷り込ませてるんじゃないかなあと

 

話が長くなってしまったが、まとめると会社は小学校の延長という話でした

 

 

大事なのは願うことではなく叶った瞬間をイメージすること?

今日ネットで面白い文章を見つけた

 

 

まあ、少しスピリチュアルな話なんだけども

簡単にいうと、人間は自分が思った通りの人間になるし、

自分が思った通りの行動しか取れないということ

 

どういうことかというと、例えば叶えたい目標があるとする

そして、普通はそれを叶えたいと強く願う

 

例えばプロサッカー選手になりたいと思う人がいる

→そのために努力をしなきゃと考える

→努力しながら、サッカー選手になりたいと願う

 

これを続けていくと、頭の中にはサッカー選手になりたいと

願う自分のイメージが自分の頭の中に何回も保存されていく

 

そうすると、脳は本当に単純で、そのサッカー選手になりたいと願っている

自分になればいいのだなと判断し、サッカー選手をになりたいと願っている

自分になろうとする

 

だからこそ、願えば願うほど、目標は叶わず、願う自分だけが

続いていき、願いが叶えられないという現実が生まれる

 

脳というのはそれくらい誠実に自分のイメージに敏感らしい

 

じゃあどうすればいいのか

 

その目標が叶った瞬間を明確にイメージする

 

例えばさっきのサッカー選手だったら、自分がもうプロリーグで

サッカーしている姿をイメージして、俺プロになれてよかったあ

と思わずニヤニヤしてしまうくらいのイメージ

 

こうすると、脳はプロリーグで活躍している自分を忠実に

再現しようとする

 

もちろんそのイメージするだけで、プロサッカー選手になれるわけではないが、

脳の力を活用することで、確率は一気に上がるという話

 

少し初めて見たけども、以外と確かに効果ありそう

 

自分がイメージしたものが本当に現実化することがあった

 

例えば、今のこのブログもそうである

 

平日は仕事が忙しくて、帰って来る時間が遅く、本当は筋トレも

ブログも書きたいけれど、疲れてしまうのが3ヶ月ほど続いていた

 

ずっと、平日に筋トレしたいしブログ書きたいと願っていたけど、

なかなかそれができなかった

 

しかし、上の内容を知って、まず仕事が早く終わるイメージを

頭の中でした

 

そうすると、「はー、はやく仕事終わってよかったあ」とイメージなんだけど

なぜかめっちゃ安心する

 

そして、次は家に帰ってから筋トレしてブログを書き終わった後のイメージ

頭の中でする

 

そうすると、また「はー、やっと平日に筋トレとブログ書けたわー」

と、想像なんだけどもほっとする

 

上の二つを月曜日からずっとイメージしていたら、今日

20時過ぎに仕事を終わらせて、家に帰ってきてから

筋トレとブログを書くことができた

 

たまたまかもしれないけど、なんだろう、イメージできるとすごくほっとする

 

例えば、8月に仕事を辞めることを考えると、「大丈夫かな」とか、「お金どうしよう」とかいろいろ不安になるけれど、そこでちゃんと稼げて、毎日がとても楽しく過ごせている自分をイメージする

 

そうすると、「なんだ、大丈夫じゃん」と安心し、恐怖が消えていく

 

まだ、これがどれくらい効果があるかわからないけれど、もう少し続けてみようと思う

 

まとめると、脳って恐ろしいほど考えたことを忠実にするらしいよって話!

 

 

自分が何を欲しているか知らないと何も決めることができない

会社を8月にやめることが決まったけど、

そこから選ぶことがすごく増えた

 

やめたらどこに住むの、何をやるの、お金どうやって稼ぐの

 

これらを選ぶ際にいろいろ悩んでいるのだが、悩んでいる理由って

多分自分が何を欲しているのか知らないからだろうなとふと思った

 

人生で欲している物が決まっていれば、そこから逆算して

今の自分にそれが必要か不必要かすぐに判断できる

 

でも、それが決まってないと、それが自分に必要か不必要かも

判断つかないからどうすればいいか悩んでしまう

 

大事なことは自分はこの人生で何が欲しいのか明確にすること

 

これ以外とわかんない人多いと思う

こういうのをもっと学校で皆で考えるべき

 

自分もこれをすごく考えてみた

 

自分が欲しいものは大きく二つあった

 

一つ目は愛

 

恋人との愛だけじゃなくて、家族、友人含めての愛

 

お互いに仮面を隠さず、素の状態で本当に楽しい時間を遅れた時に

そういうの俺めっちゃ好き

 

何回思い出してもそういうのは幸せ

 

そういう素晴らしい時間を人生でいっぱい過ごしたい

 

二つ目は自分に嘘をつかないこと

 

結果を出すためには嘘をつかなければいけないことも多いと思う

もちろんそれは最低限はやらなければいけないと思う

 

ただ、その嘘をつく回数は減らせることができると思う

 

自分にとっては嘘をつくことって、人生自体も嘘になってしまう気がする

 

死ぬときに俺の人生なんだったんだろうってなっちゃう気がするんだよね

 

まとめると、そのまんまの俺で生きて、それで周りの人とも愛を感じられたら俺はそれでだいぶ幸せなんだよね

 

 

じゃあ、これが自分が求めているものだと

 

これを得るためにはどうすればいい?

 

これを得るためには自分で選択できるということが大事になってくる

 

今のサラリーマンではこの選択できるということがなかなかできない

 

仕事は上から降ってくるし、出勤時間と定時は決まってるし、休みは土日だけであとは働かなければいけないし

 

選択できないということは嫌なこともやらなければいけない

 

嫌なこともやらなければいけないとうことは自分に嘘をつかなければいけないということ

 

時間も上に決められちゃうから周りの人との時間も土日の少ない時間に限られてしまう

 

これを変えるための手っ取り早い方法

 

自分が経営者になればいい

 

自分が選ぶ側になればいい

 

自分で選べる、まずそのステップにいくことが大事

 

そうすれば自分に嘘をつくということは間違いなくサラリーマンのときよりは減る

 

時間も自分で決めれるから周りの人との時間も大切にできる

 

まずは経営者を目指そう

 

そんで部下を持たない

 

部下を持つと、部下を守らなければいけなくなるから

 

もしそれが本当に守りたい人ならいいんだけど、そうじゃない場合、その人を守らなければいけないという強制が生まれてしまうから

 

そうすると、手段はフリーランスになってくるんだよね笑

 

だから俺はフリーランスになりたかったのかもしれない

 

愛と自分に嘘をつかないということ

 

ここを大事に人生を生きていこう

 

頑張るのではなくどう結果を出すか

この社会人になってからの二年間、ひたすら我武者羅にやってきた

 

毎日終電まで残って、時には休日出勤までしてひたすらに頑張ってきた

 

でも、頑張っても頑張っても自分のノルマを終わらせるのが精一杯で、評価がそこまで上がることはなかった

 

なぜだろう

 

量だけなら同じ同期にそこまで劣っているとは思えない

そんなことを考えている時に、ある人の言葉を聞いた

 

社会人にとって、大事なのは頑張ることではなく、どう結果を出すかということ

 

例えば、ミッションとして「遠くに行くこと」というものがあるとする

 

ここで、頑張ることが大事だと考えている人は、すぐに自転車にのって「うおおおおおお」と毎日毎日めっちゃ頑張る

 

しかし、どう結果をだすか考える人は、まず原付の免許を取りに行く

明らかに自転車の人よりはスタートは遅れるが、手をひねるだけで自転車よりもスピードが出るので、自転車を抜くのは時間の問題で、一度抜いたら二度と追いつかれることはない

 

さらにどう結果をだすか考える人は、なんの乗り物が一番早いか考える

そんでネットでいろいろ調べ、飛行機のチケットを取って、一番遠くまで行く

 

ここで、自転車の人のことを考えてみよう

自転車の人はきっとこう思うだろう

「なんで俺はこんなに頑張ってるのにうまくいかないんだろう」

 

上の話を人生に置き換えて考えてみたい

 

毎日ブラック企業で終電まで働いて、休日出勤までして月20万くらいの月給の人

毎日5,6時間しか働かないで、年収1千万以上超えている人

 

月給20万の人はこう思うだろう

 

「なんで、こんなに頑張ってるのにこんなに差があるんだろう」

「あの人は天才だから年収1千万もいってるんだろう」

 

でも現実は上の自転車と飛行機の話と同じ気がする

 

20万の人は自転車しか交通手段を知らないけど、1千万の人は飛行機という乗り物を知っていた

 

しかし、この飛行機というのは世間的には全く知られていらず、ある一部の人間しか知らない

だからこそ、20万の人はまさかそんな飛行機という乗り物があるとは知らず、自分の頑張りが足りないのだと思い、1千万を目指してさらに頑張るが、そもそも自転車と飛行機では勝負にならないことは目に見えている

 

現実に置き換えるとこんな感じになると思う

 

だからこそ、結果を出している人の真似をすることが大事

まずは真似をして、飛行機という乗り物を知らないと

 

お金持ちになりたいなら、お金持ちの真似を徹底的にすればいいし、自分の夢を叶えたいなら既にその夢を叶えている人の真似を徹底的にすればいい

 

だからまずは自分がどうなりたいかを知り、それを既になっている人の真似を徹底的にすればいい

結果を出すこと

最近は人に自分のことをあれこれ言われることが多く、もろにブレまくっていた

 

こんなにブレる理由を考えてみたけど、その答えは自分の求めているものがすごく曖昧だからと思う

 

自分が求めているものがハッキリしていればそのために何々をして行くという一本道が見えるので、ブレる必要がない

 

しかし、そこでブレてしまうのは自分が求めてるものが曖昧であり、求めてるものからの逆さんができてないからだと思う

 

まずおれが今やらなければいけないことは自分が求めていることをハッキリさせることと、結果の出し方を知ること

 

自分は何か求めてることはあると思う

なければ会社を辞めて、フリーランスになるなんていう道を歩まないはずだ

 

 

しかし、まだそれを言語化できないし、ぼんやりしたイメージしかない

 

だから、大事なことは自分がいいな・面白いなと思うことをやっていくこと

 

そして、結果を出すこと

 

結果を出さなければ自分の思う人生自体歩めないし、結果を出せば世間は何も言わなくなるし、笑わなくなる

 

笑われるのは自分が結果を出していないからだ

 

よく知らない奴がいきなり総理大臣になりたいと言ってもそりゃあ笑われる

 

でもその人が政治家になり、下に多くの人間がついてきたら、人は彼の総理大臣になるという夢を笑わなくなる

結果を出せば周りは勝手に変わっていく

 

話は変わるが、今日は旅するフリーランスになるチャンスをもらった

 

僕がやりたい仕事の仕方は全国、世界を周りながらその場所、人たちと仕事をしていくこと

 

なんでこれがいいなと思うんだろう

 

1つは場所を固定するのが嫌いなんだと思う

 

今の仕事もそうだけど、ずっと同じ場所にいろと言われるとすごく苦しくなる

 

なぜ苦しくなるのかというと、未来がなんとなく予想できてしまうからだと思う

僕は未来が予想できてしまうことほどつまらないことはないと思っている

 

未来が予想できるということは喜びも悲しみも想像できてしまうということ

 

未来が予想つかないからこそ自分が予想もしなかった喜び、悲しみが現れてくる その予想しなかった喜び、楽しみに遭遇することが好き

 

予想ができないことが起きるということは自分の世界が広がっていくいうこと

こんな世界もあるんだ、こんな人もいるんだ そうすると、比較対象が増える

 

そのことを知らない人生と知っている人生では全く別物

それくらい情報というのは大切

なので、僕は選択肢は多ければ多いほどいいと思っている

 

そこで、最終的に自分が欲しいものを選べばいい

 

今はまだまだ自分の世界を広げたい

 

あともう1つの理由として、僕は喜怒哀楽がいっぱいある人生を送りたい

 

いっぱい喜んで、いっぱい怒って、いっぱい悲しんで、いっぱい楽しむ

そんな人生を送りたい

 

それは生きている間にしかできないし、その時は大変だけど振り返るとすごく楽しいから

予想できることって喜怒哀楽が少ないと思う

予想できないからこそ人は怒るし、悲しむし、喜ぶんだと思う

 

予想できてたら怒る必要もないし、悲しむ必要もないと思う 日本、世界を周りながら仕事をしたい大きな理由はその2つかな

 

1つめは何が起こるか予想できないから、予想できないことをどんどん知っていくと自分の世界がどんどん広がっていくから

 

2つめはこれも何が起きるか予想できないから、そのたびに喜怒哀楽の感情が生まれること この2つかな

正しくなくてもいい

最近は仕事を辞める事への恐怖感があった

 

何人かの人に、会社を辞める事は間違っていると言われ、自分の決断に自信を持てなくなっていた

 

そこでなぜ他人に間違っていると言われるだけで、自分の決断を信じられなくなったのか考えてみた

 

その答えは恐怖心だった

 

それは間違った事をしたくないという恐怖心

正しく生きなければいけないという恐怖心

 

この社会人生活の2年間を通して、正しくしなければいけないという考え方が自分の中に染み付いていた

 

だからこそ、人にお前は間違っていると言われた時に、自分が正しく生きれないんじゃないかという恐怖心が自分の中に大きく広がってしまっていた

 

「正しく生きなきゃ正しく生きなきゃ」

 

この考え方が自分の中に強くあった

 

 

 

でも違った

 

当たり前だけど、別に正しく生きなくてもいいんだ

 

そもそも正しいって何?

人それぞれによって、正しさは全然違う

 

だからこそ、自分が正しいと思った事が正しい事になる

 

そして、正しく生きてもいいし、正しく生きなくてもいい

 

僕がこの二年間の社会人生活で思ったのは、正しいというのは大事な事ではあるが、全く面白くない

 

僕が面白いと感じる事は、世間で正しくないと言われる事に面白さを感じる事が多い

 

せっかく生まれてきた人生、そして一度きりの人生

 

僕は正しいことよりも、面白いことに人生を捧げたい

 

だから人から間違っていると言われてもなんも気にすることはない

 

正しくなくてもいい、自分が面白いと思った道を歩いていけば、それはきっと後から見た時に自分にとって正しい道になっていることだろう