syouinsakamoto’s diary

世の中に対して自分が感じた事、変だと思った事をメモ程度に書いていきます。

自分にとって贅沢とは何だろう

この二日間京都の久田村という所に行ってきた

 

感じることが多くあったので、振り返りをしていく

 

まず、久田村という場所はどのような所か

 

ここは簡単に言うと何もない

 

スーパーもない、コンビニもない、お店すら何もない、自動販売機すらない

 

あるのは森、川、田んぼ、畑だけである

 

村人は鶏を飼い、卵と鶏肉を手に入れる

罠を仕掛け、イノシシや鹿を手に入れる

森でワラビなどの山菜を手に入れる

田んぼから米を手に入れる

畑から野菜を手に入れる

川から魚を手に入れる

 

そんな生活を送っている村である

 

もちろん、それだけではなくたまにスーパーなども行くということだが、主に上記のような生活を送っている

 

自分は将来、そんな生活をしてみたいと思っており、今回田植えの体験が出来るということだったので、金曜の夜に夜行バスに乗り、京都へ向かった

 

9時頃目的地に着き、迎えの軽トラックの後ろの荷台に乗せてもらった

森の中を風を感じながら進むのは気持ちいい

 

民宿に着き、早速山菜を摘みに行く

ワラビが近くの森にいっぱい生えていたので、たくさんワラビを摘む

 

摘み終わったら、次はさらに奥の森に入っていく

川の近くの木を切り、丸太にして家に持ち帰り、薪にする

 

川の近くには雪の重みで折れてしまい、光合成ができない木がたくさんあった

このような木は既に腐っており、台風などが来ると折れてしまいそれにより川の水位が増水し、洪水になる原因になることが多いらしい

 

なので、そのような腐った木を切り落として、丸太にして帰ってから薪として使うのだ

 

木を切り落とすのはそんなに時間がかからないのだが、切り落としてからそれを丸太サイズに切り、軽トラックまで運ぶまでが大変だった

一本の木で,10個ほど丸太が生まれ、それを軽トラまで運んでいく

 

そして、それを7回ほど繰り返す

そうすると、70個ほどの丸太ができ、軽トラも満帆になるため、それを家に持ち帰る

これでだいぶ疲れる

 

そして、持ち帰った丸太を今度は薪にしていく

丸太に斧を振り落とし、薪にする

これがまたなかなか疲れる

 

それがおわったところでお昼ご飯

去年とれたお米がこれまた美味しい

 

そしたら今度は罠で取れたイノシシの解体

実際に罠にかかったイノシシの動画を見せてもらい、罠にかかって3日ほど放っておいたらしいのだが、毎朝必ず罠の周りに他のイノシシの足跡がいっぱいあったという

 

それは罠にかかったイノシシを助けようとその家族が助けにきたのではないかという話だった

 

逆の立場で考えてみた

例えば母親や父親、兄弟の誰かが罠にかかり、助けられそうにない

毎日助けようと試みるが助けることができず、次の日罠の場所にはもういない

 

それが永遠の別れとなる

 

すごく悲しい

 

自分たちはそういう命を頂いているのだと実感した

 

イノシシの4本の足を解体し、肉を全て落とした

ものすごい量だった

 

一匹からこんなに肉が取れるんだなあと感心した

 

そして、お米を釜で炊いた

お焦げがついてすごくいい匂いで美味しそうに出来上がった

 

そして夜ご飯

そのイノシシを食べた

 

ものすごく美味しかった

そして感謝の気持ちが自然と溢れてきた

罠の話も聞いたし、実際に解体しているところも見ていたので命を頂いているんだなあと実感した

 

このイノシシの分もしっかり生きようと思った

 

そして次の日

次の日は田植えを行った

 

自分がやったのは本当に1区画の小さい場所

そんな小さい場所でもやり終えるのに1時間以上かかった

 

田んぼを全て一人で田植えをしたら一体何日かかかるのだろうと思った

でも太陽の光を浴びながら泥んこになりながら田植えをするのは楽しかった

 

最後に泥を川で泳ぎながら落として田植えは終了

 

出来事はこんな感じの二日間

 

この二日間で感じたのは自然の中で生きるってすごく贅沢なことだなあと思った

お金を稼ぎ、大きな部屋を借りて宝石を買うのが贅沢と感じる人もいる

いろんな人がいるので、結局自分は何を贅沢と感じるのかを知っておくのが大切

 

自分は宝石もいらないし、でかい部屋に贅沢を感じないけど、明日ブラジルに行こうと思った時に行けるのは贅沢だと思うし、鹿やイノシシを自分で狩り、畑で取れたものを食べれるのは贅沢だなあと思う

 

自分がどう生きたいか下記に箇条書きであげてみる

 

・会いたい人に会いに行ける

・行きたい場所に行くことが出来る

・都心で生活出来る

・田舎で自給自足で生活出来る

・海外で生活出来る

・仕事はどこでも出来る

・会社には属さずフリーの状態で自分が選択出来る幅を減らさない

・自分がワクワクするプロジェクトを行う

・教育に関わっている

・子供達がより幸せに生きれるように教育を行っている

・友達とよく遊ぶ

・家族(父母、祖父祖母)によく会いに行く

・家族(奥さん子供)と幸せを感じながら一緒に生きている

 

こういう人生にしたいなあ

 

自分はどういうことが好きで、どういうことが嫌いで、どういう人間を把握することがまず大事

 

そして、それを人と話して対話する

 

そうするとさらにどんどん自分のことが分かっていく

 

今はだいぶ自分のなりたい人生も少しずつ見えてきている

 

あとはどうやって行うか

 

自給自足の田舎生活に関してはこれから久田村と友達と連絡を取り合いながらまた行き、色々学びたい

 

教育に関してはひみつきちプロジェクトに参加して、もっと教育について色々知りたい

 

自分にとっての贅沢三昧な生活を送ろう

君へ

だんだん毎日頭がスッキリしてきている

やはり習慣は本当に大切だなぁ

そしてこのように思考を書き出すこともすごく大事

それをやるだけで同じ世界でも全く違う色の景色になる

自分の中の世界が美しくなる

やっぱり美しい世界の中にいたいなぁ

やるべきことをやれば自分の中の不安な気持ちも消えていく

大丈夫

今日自分の中で決めたことがある

5年

5年フリーランスで頑張ってみよう

5年フリーランスでやって稼げなかったらもう辞めよう

5年後はちょうど親が会社を退職するタイミング

期限は決まったからそれに向けて毎日頑張ろう

25でフリーランスになったから30までだね

最後に今日ネットで見つけた言葉

「君へ」

君は好きなことを、

好きなふうにやるべきだ。

そのことが他人から見て、どんなに変でも、

損でも、バカだと言われても、

気にするな。

だって彼等は、君の願いを知らない。

君が何をめざし、

何に向かっているのかを知らない。

君は彼等とは違うものを見てるのだから。

あの、強い思いだけを、繰り返し思い出して。

そのことを忘れないで。

他人の説教やからかいなど気にせずに、どんどんやりなさい。

けして周りを見たらダメだ。

仲間はいないんだ。すくなくとも途中には。

君はやりたいように、どんどんやりなさい。

やりたいことを。

好きなやり方で。

その行為が同時に君を救うだろう。

その行為は同時に人をも救うだろう。

そのことを忘れないで。

これからの自分の道

例外を作らない

 

そう決めると思ったよりも行動しやすい気がする

 

やるのが当たり前になる

 

いつもそこでやるかやらないかで悩んで無駄に時間を過ごしていた気がする

 

選択肢が一つしかなくなると楽だ

 

今日なんとなく思ったことは日々の習慣で日頃感じられる幸せ度は本当に大きく変わるんだなと実感している

 

今日から、朝早く起きる、運動する、瞑想する、夜に風呂に入る、ブログを書く、夜は早く寝る

 

これを意識して行うようにしているけど、これをやるかやらないかで同じ一日でも全く違った一日になる

 

上記のことをやると毎日幸せを感じられることが多くなる

 

逆に上記のことをやらないと毎日不幸せを感じることが多くなる

 

改めて習慣を大事にしていこう

 

そして、もう十分に休んだ

 

仕事をやめて半年、十分休んだ

 

エネルギーは充電できたので、またわき目も振らずにひたすら走り切ろう

 

どこに向かって走っていくべきか

 

とりあえずゴールを設定したい

 

自分のやりたい生き方としては明日友達にブラジル行こうぜと言われたらOKと言えるような生き方をしたいと思ってきた

 

今もそれは変わっていない

 

ただ、最近思うのはもしそれが達成できたとしてもそこまで幸せを感じないだろうなということ

 

そのさらに上のゴールを考えたい

 

そもそもなんで自分は上記のような生き方をしたいのだろう

 

人生を思いっきり楽しみたいから

 

俺は単純に世の中の課題解決をしたいというよりはただ自分の人生を楽しみたいだけ

 

だからこそ今フリーランスという道も選んでいる

 

楽しみたいのは分かったけどどう楽しみたい?

 

いろんな場所に色んな人と行って、色んな遊びを色んな人とやって、色んなプロジェクトを色んな人とやりたい、最愛の人と結婚して家庭を持ちたい

 

主にこれができればすごく幸せ

 

そうするとこれをクリアするために必要なのは結局時間とお金

 

今の俺のやらなければいけない段階としてはまずフリーランスで成功すること

 

そこで成功できたら、次の段階は自分で仕事をコントロールして遊びたい時は休みをガッツリ取って、仕事をする時はガッツリ仕事をするというようにスケジュールをコントロールできるようにする

 

それが出来たら自分がほぼ動かなくてもお金を生み出す仕組みを考えていく

 

それが出来たら自分の人生を全て楽しむことだけに使う

 

だから、今俺がやらなければいけないことはフリーランスの仕事を頑張ること

 

よし、すごくスッキリした

 

頑張ろう

モヤモヤ

ここ最近自分の中にずっとモヤモヤがある

日々大切だと思うことを出来ていない

例えばこのブログもそう、朝の早起き、運動、瞑想など

逆に日々これをやると良くないということをやってしまっている

朝遅く起きる、なんとなくゴロゴロする、朝に風呂に入る

なぜ日々大切だと思うことが出来ないんだろう

一回いいやとなってしまうとずっといいやとなってしまう

逆に続けてるとそれが気持ちよくなりずっと続けられる

はじめの今日はいいやがずっと今日はいいやになってしまう

まずは今日はいいやを無くそう

そしたらどうしたら今日はいいやをなくせるのか

まずは当たり前だけど、今日はいいかなと思う時にやるようにする そしてやった後のイメージをする それを今やらなかった未来とやった後の未来をイメージする 毎日大切なことをやっている人生の方が絶対に楽しいし幸せだ 逆に大切なことをやらない人生は自分に自信が持てず罪悪感ばかりの人生になるだろう そこでの楽を取り未来の罪悪感を取るか、楽を取らずに未来の幸せを取るか どっちが死ぬ時に後悔しないか 今年の目標をもう一度思い出そう 毎日自分が大切だと思うことをやる 自分が知らない新しいことを知る 結局会社辞めようが旅に出ようが何をしても満たされるかは自分次第 満たされる毎日を送ろう

生きてる感じを味わっているか

ハーイ

みんな元気?

 

ひっさびさのブログだ

最近はサボりがちで全然書いてないなかったけど、書き出すとやっぱり楽しい

 

とりあえず3日は頑張って続けようかしら

 

わたくし大学1年までは何も考えずに生きてきました

とりあえず部活してとりあえず高校行ってとりあえず大学行った

 

高校と大学は友達に恵まれていたから楽しかったけど、

大学1年までは本当に何も考えずに生活してたわ

 

大学1年の時にカンボジアに行って、こんな風に生きていいんだという生き方をしている人にいっぱい会って、帰国してからさらに色んな人と会ってわたくし思ったの

 

もっと自分のために生きよう

自分のやりたいことをやろう

 

それまでのわたくしは人から嫌われるのを恐れるような人間だったので、自分のやりたいこととかそんなに考えていなかったの

 

ただ、自分がやりたいように生きている人たちを見ていたら、そんな風に生きていいんだという衝撃と、自分もそういう生き方がしたいという憧れがあったの

 

だから人のことは気にせず自分、自分の道を歩いて自分がやりたいことをやる

 

それをひたすら目指したの

 

そこから大学3年を過ごし卒業して、社会人になり2年半の間ずっとそんな考え方で生きてきたわ

 

ベクトルはずっと自分に向いていて、相手が自分のことをこんな風になってほしいとかじゃなく、自分がどうありたいか、そんなことばかり考えていたわ

 

ただ、社会人をやめてフリーランスになったらその考え方は真逆になったの

 

社会人をやめてフリーランスになって、相変わらず自分のことばかり考えていたの

そしたら、一言で言うとお金が無くなってしまった

 

会社にいる頃は何もしなくても仕事が降りてきて、自分のことばかり考えていてもお金をもらえたの

 

でもフリーランスになると、当たり前だけど仕事っていかに目の前の人に喜んでもらうかってことに気つかされたの

 

自分のことばかり考えている人に仕事なんて来なかったの

それでわたくしお金がホントに無くなってしまったから考え方を変えたの

 

それまでは自分自分のことばかりで自分が何をやりたいかと考えていたんだけど、相手が何をしたいかを考えるようになったの

 

相手が何をしたら喜んでもらえるかを考えるようになったの

正直自分のことなんて後回し後回し

 

まず相手を喜ばせる

 

そんな風に考え方を変えたの

 

ありがたいことにそんな風に考え方を変えたらお仕事を少しずつ頂けるようになっていったの

 

すごくありがたいことですごくよくなってきてると思う

 

ただね、何か違うの

 

相手が喜んでもらえるともちろん嬉しいんだけど、わたくしの何かが物足りなさを叫ぶの

 

それは生きているというような感覚

 

生まれてきてよかったというような感覚

 

これが最近すごく足りないの

 

これを感じれる時って自分に正直に生きていた時なの

 

自分が行きたいと思う場所に行ってみたり、自分が大好きな人と付き合うことができたり

 

そんな自分の気持ちに素直になれている時にわたくしはものすごく幸せだなあと感じられたの

 

その感情を何度でも何度でも味わいたいの

 

今は自分に正直に生きているかと言われたらyesとは言えないの

 

でも自分に正直に生きたらわたくし相手のことを気にしなくなっちゃうから、仕事に大きく影響しちゃうしお金がないとどんな風になるかよく分かったからお金は欲しいし

 

その中間点が自分の中で今すごく探しているところ

 

26にもなってこんなこと考えてる人いるのかな

ただ、わたくしはやっぱり「生きてるなあ」、「生きててよかったなあ」という感覚を大事に生きていきたいの

 

そして、自分の人生を面白くしたいの

ハプニングがいっぱいあっても、後から振り返った時に全て愛おしいと思えるようなそんな生き方

 

ハプニングは何も起きなくて、後から振り返った時に愛おしくないと思える人生は送りたくないの

 

わたくし今の考え方のまま行くと、面白くなくなっていっちゃうと思うの

もちろん相手に喜んでもらうってとても素晴らしいことだし、それで嬉しくなることもあるんだけど、そればっかりじゃダメだと思うの

 

ちゃんと自分の声も聞いてあげること

自分の声を聴きながら相手の声も聞いて、その妥協点を見つけていく

 

自分のためにもなり、相手のためにもなること

 

自分のためにもなり、相手のためにもなること

 

ここを見つけることがすごく大事だと思うの

 

多分すごく当たり前のことを言ってるんだけど、これが意外と難しいと思うの

 

この半年はそれを頑張って見つけていこうと思う

 

これからもよろしくう!