先日、新宿でoasisの映画を見てきた。
今回で2回目。
見ていて色々と思うことがあったので、忘れないうちに残しておきたい。
自分がoasisを好きになったのは大学生の頃。
それまでは洋楽をほとんど聞かなかったし、英語の歌詞も何を言っているのか分からなかった。
でも、Whateverだけはずっと聞いていられた。
何でこの曲はこんなに聞けるんだろうと思って、歌詞の意味を調べた。
自分のしたいことをしていいし、歌いたいように歌っていいし、言いたいことを言っていい。
自分はそんな風に受け取って、すごく感動した。
ああ、自由に生きていいんだなあと。
このブログにも、社会人になって色々なしなければいけないことに追われていた時に、Whateverを聞いて落ち着いたことを書いていた。
振り返ると、oasisは昔から自分のそばにいたんだなと思う。
ただ、好きになった時にはもう解散していたので、生で見ることはできないと思っていた。
それが再結成して、日本にも来ることになった。
東京ドームのチケットは取れなかったけど、結局メルボルンまで行ってライブを見ることができた。
めちゃめちゃ感動した。
大学生の頃に戻ったような気持ちになった。
あの頃ずっと聞いていたoasisを、自分が目の前で見ている。
そんなことが本当に起きるんだなあと。
そして今回の映画で、自分の中に特に残ったのは赦すということだった。
映画の中に、赦すことと赦さないことについての話があった。
それを聞いて、自分の今までのことを考えた。
自分には、一緒に会社を始めた仲間がいる。
最初は一緒にやることが楽しかった。
でも、一緒に仕事をしていく中で、関係性が苦しくなっていった。
この一年位は、過去のことを思い出す度に怒りが湧いてきた。
顔を合わせると、また色々と思い出して苦しくなる。
何であんな風に言われなければいけなかったんだろう。
何で対等に扱ってもらえないんだろう。
そんな気持ちがずっとあった。
それだけ傷ついていたんだと思う。
楽しく一緒に始めたはずなのに、いつの間にか相手と会うことが苦しくなっていた。
ただ、赦せない自分のことを責めているわけではない。
そう思う自分も受け入れている。
傷ついたことも、悲しかったことも、怒っていたことも自分の中にちゃんとある。
その自分を否定せずに、受け入れてあげたい。
時間はかかったけど、今ようやくこれからのことを考えたいと思っている。
映画を見て自分が受け取った赦すということは、過去への執着を手放して、前を向くと決めることだった。
自分の場合、赦せない気持ちを握りしめている間は、何度も過去に戻って、その時の怒りや悲しみの中で生きていた。
この一年、もう十分苦しんできた。
そろそろ、その執着を手放してもいいのかなと思った。
自分はこの人と、これからどういう関係でいたいんだろうか。
考えてみると、やっぱり仲良くなりたい。
お互いをリスペクトして、対等に話ができて、冗談を言い合える。
そんな関係でいたい。
映画を見ながら、ノエルとリアムのような関係になれたらなと少し思った。
過去にこういうことがあったから、これからもこの人とはこういう関係になる。
そんな風に、過去から未来を決めていたところがあったと思う。
でも、これからこういう関係になりたいと決めて、そのために今どうするかを考えてもいい。
未来を決めて、今を決める。
自分はこれから、そっちをやっていきたいと思った。
映画を見終わった時には、すぐに相手にメッセージを送ろうと思った。
でも、その日は送らなかった。
一日、この気持ちを噛みしめていた。
これからどういう関係になれるかは、まだ分からない。
ただ、今の自分の中に、また仲良くなりたいと思う気持ちがある。
そのことを残しておきたいと思った。
大学生の頃は、Whateverを聞いて自由に生きていいんだと思った。
そして今は、これからどう生きたいかをまた考えている。
昔から聞いていたoasisが、今もこうして自分の人生に関わっている。
この気持ちを忘れないようにしたい。