やりたくないことはやらない生き方
最近思うことが一つある。
それはやりたくないことをやっても自分が全く満たされないということ、そしてものすごい時間の無駄に感じてしまうこと。
実際、やりたくないことをやらないと言うと、ものすごい自己中に感じ、そしてそんな生き方が出来ないと感じてしまう。
なぜだろうか。
なんでやりたいことだけをやれないのか。
→お金をもらえなくなる→自分のやりたいことが映画を見るだったり旅行に行くとかだったらいつかお金が尽きる→誰かに価値を見出していない、自己満足で終わってしまっている→価値を見出すことはその人次第(映画のブログを書いて人々に紹介したり)、それがお金になりにくい、つまり大きな価値を生み出すことができない→映画を見るとか旅行とかは誰でも出来ることであって、そこを極めても価値が生まれにくい
→その価値を誰でもできない大きな価値に変えればいい
やりたいことをやれないんじゃなく、やりたいことだけをやるのは普通に生きるのの何倍も大変でめんどくさいから皆やりたくないだけである。
それだったらやりたくないことをやってお金をもらう方が楽である。
しかし、やれたいことだけやるという方が圧倒的に本質的な人生になる。
なぜならそれが人間として自然だからである。
やりたくないことをやるというのはそれだけ自分がブレるということ。
ただやりたくないことをやらないという決断をするには相当の覚悟が必要だ。
捨てるものが多すぎることになるだろう。
しかし、それは逆に言えば無駄がない人生になるとも言える。
自分はどっちを選択したいか。
もちろんどちらを選んでも正解はないし、どちらが好きかというだけの話だ。
やはりやりたいことだけをやる人生だろう。
覚悟を持って人生を生きる方がかっこいいし、何よりも面白い。
よし、覚悟を決めよう。